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開放散逸系としての海洋・気候システムの熱力学的研究

日本学術振興会 科学研究費補助金・基盤研究(C)
実施期間:平成17年度〜平成20年度 (3,100千円)
研究代表者:下川信也
研究分担者:小澤久(広島大)、納口恭明、佐久間弘文(地球フロンティア)、松浦知徳

目的

 本研究の目的は、大気や海洋のような乱流の長期的ふるまいを理解するための新しい方法論を提案することにある。本研究で注目するのは、エントロピー生成率最大説(MEP)である。これは、多自由度の非線形系が複数の可能な運動状態をもつ場合、現実にはエントロピー生成率最大の状態が選ばれるという説である。いくつかの非線形系では、このMEPが成立することが経験的に知られているが、地球の気候状態を支配する海洋系についてMEPを検証した研究は、申請者らの最近のいくつかの研究を除いてない。それらの研究においても、MEPの詳細な適用条件や理論的背景はよくわかっていない。そこで本研究では、海洋系、特に長期的な気候に大きな影響を与える深層循環を対象として、数値実験によってMEPの詳細な適用条件を明らかにすると共に、理論的側面からもそのメカニズムを解明することを目指す。

研究内容

 大気や海洋の流れは乱流と考えることができる。その乱流の状態は、レイノルズ数で規定される。しかし、現在のところ、高レイノルズ数の乱流の状態を完全に予測することはできていない。例えば、天気予報も一週間程度ならば予測可能であるが、高精度の数値モデルを使っても、また高速のスーパーコンピュータを使っても、季節予報となると予測は困難である。これは、従来の力学的方法、つまりNavier-Stokes方程式を数値積分する方法の限界を示している。この予測可能性限界の存在は、かつてLorenz (1963)が指摘したように、非線形システムに共通して内在する本質的かつ根元的な問題である。この研究の目的は、大気や海洋のような乱流の長期的ふるまいを理解するための新しい方法論を提案することにある。

 本研究で注目するのは、従来の力学的な方法論とは異なる視点をもつ熱力学的な方法論である。熱力学的な手法の特徴は系の細部に依存しないマクロな性質に着目して対象を議論するという点にある。本研究では、そのマクロな性質として系の平衡へと向かう割合を示すエントロピー生成率に着目した理論(エントロピー生成率最大説:以下、MEPと記す)に焦点をあてる。この説は、大きな自由度をもつ非線形系がいくつかの可能な運動状態をもつ場合、現実には、その中でエントロピー生成率最大の状態が選ばれるという説である(Sawada, 1981)。いくつかの非線形系では、このMEPが成立することが経験的に知られている(例:地球の大気の平均的状態、地球のマントル対流など)。しかし、地球の気候状態を支配する海洋系についてMEPを検証した研究は、申請者らの最近のいくつかの研究(Shimokawa and Ozawa, 2001, 2002)を除いてない。その研究においても、MEPの詳細な適用条件についてはまだよくわかっていない。また、その理論的背景を探る試みもいつくかはなされているが、未だ確定的なものはない。

 そこで本研究では、海洋系において、数値実験によってMEPの詳細な適用条件を明らかにすると共に、MEPのメカニズムを解明することを目指す。より具体的には、長期的な気候に大きな影響を与える海洋の深層循環を対象とする。その深層循環には同一境界条件下の多重解が存在することが知られている。その深層循環の多重解間の遷移の数値実験において、MEPを検証し、遷移を引き起こす擾乱の大きさなどの定量的な条件などMEPの適用条件の詳細を明らかにすることを目指す。また、それらの数値実験の結果も踏まえ、理論的な側面から、特に有効位置エネルギーとの関連や擾乱の大きさと遷移の関係に焦点をあて、MEPのメカニズムの解明を目指す。さらに、そのほかの地球上の非線形・非平衡現象、具体的には、黒潮の蛇行・非蛇行の間の遷移などの流体現象や雪崩・土石流の準周期的崩壊現象などの粉粒体現象へのMEPの適用性を検討する。

参考文献

E. N. Lorenz, 1963, J. Atmos. Sci. 20, 130-141.
Y. Sawada, 1981, Prog. Theor. Phys., 66, 68-76.
S. Shimokawa and H. Ozawa, 2001, Tellus, A53, 266-277.
S. Shimokawa and H. Ozawa, 2002, Q. J. Roy. Meteorol. Soc., 128, 2115-2128.