国立研究開発法人防災科学技術研究所 水・土砂防災研究部門
国立研究開発法人防災科学技術研究所 水・土砂防災研究部門
トップ 一覧 検索 ヘルプ RSS ログイン

2014年8月24日の北海道礼文島における斜面崩壊

更新履歴

2014年10月30日
初版掲載。

本件に関する連絡先

水・土砂防災研究ユニット担当者 若月
アウトリーチグループ担当者 大石・三好(029-863-7784)

現地調査日−2014年9月17,18日
調査員−若月 強・飯田 智之・山田 隆二


はじめに

 2014年は,全国各地で土砂災害が頻発したとして特筆される年になった.74人もの多数の犠牲者を出した広島土砂災害(8月20日)の影に隠れてしまったが,日本の最北部に位置する北海道礼文島でも土砂災害(8月24日)が発生した.この災害は,犠牲者の数は2人と広島土砂災害より少なかったものの,ふだんは雨が少なく,降雨による土砂災害が発生しにくいと考えられている非多雨地域でも,条件さえそろえば土砂災害が発生することを喚起させた事例として重要である.多雨地域では毎年発生しているようなありふれた降雨でも,雨慣れ(注1)していない非多雨地域では,数十年あるいは数百年に1回しか発生しないような豪雨となり,土砂災害を発生させることが知られているが,今回の礼文島での土砂災害も,そのような災害のひとつと位置づけられる.
 一方,全国的な雨の降り方の時間的変化をみると,以前には稀にしか発生しなかった,例えば100mmを超える時間雨量が各地で頻繁に発生するようになり,地球温暖化による影響も指摘されている.当然,非多雨地域でも,降雨量並びに豪雨の頻度がそれなりに増加することが懸念される.そして,これまで降雨による土砂災害が比較的少なかった,北海道・東北の非多雨地域でも,今回の礼文島と同様の土砂災害が増加する恐れがある.
 土砂災害に対する雨慣れの指摘は以前からなされてきたが,その具体的なメカニズムに関する研究は必ずしも十分ではない.そこで,まずは土砂災害の実態を明らかにすべく現地調査を行った.

注1:多雨地域は,非多雨地域と比較して斜面崩壊の限界の雨量が大きく,また同程度の豪雨が発生した場合には斜面崩壊の発生数が少ない.これは一般に“雨慣れ(降雨に対する斜面崩壊の慣れ)”と呼ばれている.

礼文島の地形・地質

 図1に示すように,礼文島は東西5km,南北20kmの細長く伸びた北海道北部の島である.隣の急峻な利尻島と比較すると全体的には傾斜が緩やかな丘陵から構成されているが,海岸はいずれも急な海食崖などから構成されているため平野部は少なく,家屋や道路はわずかな平地を利用して作られている.特に西側の海岸は,現在でも波浪による激しい侵食が続いているために急な崖が海に直接面しており,海岸沿いの道路は島の北部と南部の一部にしかない.図2は礼文島の地質図である.山地丘陵部は,(7)中〜後期中新世の海成または非海成堆積岩,(8) 前期中新世〜中期中新世の海成または非海成堆積岩,(110)白亜紀前期の非アルカリの苦鉄質火山岩類の3種類の地質から構成されている.
                          
図1 礼文島概略図と主な土砂災害位置(◎) 
図1.png
   
図2 礼文島の地質図(産総研20万分の1シームレス地質図)
図2.png 

土砂災害の概要

 礼文町によると,8月23日から24日にかけて降り続いた降雨により,礼文島南部を中心に約80カ所の斜面崩壊が発生した.そのほとんどは規模の小さな表層崩壊であったが,全島に大きな被害をもたらした.特に24日の午後1時過ぎに礼文島北東部の船泊村高山地区(チエサンドトマリ)で発生した崩壊(図1の1)によって,住宅1棟が全壊して女性2人が亡くなり,男性一人が負傷した.また,礼文島南部では,島の東西を結ぶ道道の桃岩トンネルの西側出口上部の斜面崩壊(図1の3)によって道路が不通となり,南西海岸の一部の地区が孤立状態となったために,一時は臨時定期船で対応することになった.その他の斜面崩壊によっても,犠牲者こそ出なかったものの,建物や道路などに大きな被害がもたらされた.

災害時の降雨

アメダス雨量

 礼文(気象庁アメダス)における8月の日雨量を図3(1)に示す.災害当日(8/24)の2週間ほど前に2日間の合計で70mm近い雨量があったが,それ以降災害の前々日まではほとんど降雨はなかった.次に,土砂災害発生の前日から当日にかけての8/23〜24の時間雨量と積算雨量を図3(2)に示す.8/23の2時から20時までに積算雨量が50mm弱となるまで降り続いた雨は夜間に一旦止んだが,8/24の早朝から急に強くなり,特に6時〜9時の間は3時間雨量93mm,最大時間雨量37mmと,この地域では稀な集中豪雨となった.
 図4は,今回の豪雨がどの程度稀に発生したのかをみるため,試みに隣の利尻島における沓形(図1参照)の継続時間別降雨強度再現期間図(土木研究所ICHARM公開資料から作成)に今回の礼文のデータをプロットしたものである.今回の降雨は,いずれの降雨継続時間でみても,平均降雨強度の再現期間が50年以上と稀な豪雨であったことがわかる.さらに,継続時間別の再現期間を比較すると,継続時間が1〜2時間の短時間降雨強度の再現期間が100年未満なのに対して,継続時間が6〜24時間の平均降雨強度の再現期間はいずれも200年前後の大きな値を示していることから,特にその継続時間の豪雨が斜面崩壊を効果的に発生させた可能性がある.ちなみに,今回の降雨を,我が国の最大級の多雨地域である紀伊半島の上北山(気象庁アメダス)の確率降雨強度式に当てはめると(図は割愛),いずれの降雨継続時間でみても再現期間は2年以下であり,この程度の降雨は紀伊半島では毎年のように発生していると言える.しかし,紀伊半島の山地において,斜面崩壊が毎年のように発生しないのは,主に慣れの効果によるものと推定される.

図3 (1)礼文(気象庁アメダス)における8月の日雨量,(2) 礼文(気象庁アメダス)における災害時の雨量
図3.png

図4 確率降雨強度式からみた今回の継続時間別平均降雨強度の再現期間
 (確率降雨強度式は統計情報のそろった利尻島沓形アメダスデータにより作成)
図4.png

解析雨量

 図5は気象庁による災害時のメッシュ別解析総雨量(8/22 21:00〜8/24 14:00)分布図であるが,地域差が大きく,島の北部と南部で総雨量が相対的に多い.特に礼文アメダス観測地点(図1参照)や礼文町役場のある南部の香深地区では,200mm前後の多量の降雨が観測されている.

図5 礼文島災害時のメッシュ別総雨量(8/22 21:00〜8/24 14:00)分布図
図5.png

災害時の降雨に対する風の影響

 今回の土砂災害時の気象の特徴として,風速が大きかったことが挙げられる.図6は土砂災害時の降雨強度と風速の時間変化図である.風速は,災害前日の8/23は1m〜4m/秒(風向は,南西・南南西が卓越)程度であったの対して,災害当日の8/24は6m〜10.5m/秒(風向は,午前2時以降すべて東北東)の比較的強い風が吹いたことが分かる.それにより,東向き斜面の雨量は西向き斜面と比較して多くなると考えられる.今回の災害では全島の詳しい崩壊分布情報を入手していないので詳しい議論はできないが,道路から観察する限りは,東向き斜面の方が西向き斜面よりも崩壊数が多いような印象があり,その理由のひとつとして,この風向きの影響が挙げられる(その他の理由としては,先に述べたように,西向き斜面には急崖(海食崖)が多く,潜在的な崩壊土砂が少ないことが挙げられる).

図6 土砂災害時の降雨強度と風速の時間変化
図6.png

斜面崩壊の特徴

 今回の崩壊地の内,図1の1(図9〜11),2(図12, 13)の2カ所については簡単な測量・簡易貫入試験・観察などを実施し,一部では室内試験用の土壌採取も行った.また,3(図14),4(図15)の2カ所については,簡単な観察と既存資料との対比を行った.
 まず,既存資料との対比を示す.図7は図1に示した2,3,4の主な斜面崩壊地の位置を防災科研の「地すべり地形分布図」に落としたものである.2,3は小規模な表層崩壊であるが,いずれも大規模な地すべりブロックに含まれており,その表層の一部が崩壊したことが分かる.また,4はやや規模の大きな地すべりであるが,これも大規模な地すべりブロックに含まれており,その一部が滑っていることが分かる.なお,図は割愛したが,犠牲者の出た1の崩壊地にはこれらの地すべり地形は認定されていない.

図7 地すべり地形分布図(防災科学技術研究所)と2014年8月の斜面崩壊の関係
図7.png

降雨に対する斜面崩壊の時間遅れ

 工事関係者や付近の住民に伺った崩壊発生時刻を表1,それらの崩壊場所を図8にそれぞれ示す.この表によると崩壊の発生時刻にかなりばらつきがある.すなわち,比較的早い時刻の崩壊(表1の3,6,8,9)は降雨ピークである24日6〜10時からあまり遅れずに発生したと思われるが,遅い時刻の崩壊(表1の1,2,4,5,7)は,降雨ピークからかなり遅れて発生している.また,地点6〜9のように隣接した場所でも崩壊時刻はかなり異なっている.
 一般に,花崗岩のマサなどの分布地域では,降雨ピーク時に斜面崩壊(表層崩壊)が発生しやすいことが知られており,斜面が最も不安定になる土中の間隙水圧のピーク時刻と降雨強度のピーク時刻がほぼ一致していることが斜面水文観測によっても頻繁に観測されている.一方,今回のように降雨に遅れて崩壊が発生するケースは表層崩壊に関してはほとんど報告されていない.今回遅れが発生した原因としては,土層が粘土質で透水性が悪くすべり面への透水が遅れたことにより,間隙水圧のピーク時刻とすべり面の土層が含水することによる強度低下の出現時刻の一方または両方が遅れたためであると考えられる.今後土質試験などで,透水性・保水性・せん断強度などを比較検討する必要がある.

表1 崩壊発生時刻(各地点の位置は図8)
表1.png

図8 崩壊発生時刻の聞き取りを行った崩壊地の位置
図8.png

以下,図7の1と2の斜面崩壊について詳しく述べる.

1.船泊村高山地区の崩壊

 先に示したように,今回の礼文島災害で2人が犠牲となった崩壊地であるが,白亜系下部礼文層群内路層の凝灰角礫岩、苦鉄質溶岩(Nr)からなる離水波食台を覆う段丘礫層などの堆積物(植木,2000;利尻研究)が崩壊している.図9に示すように,我々の調査時には倒壊した家屋はすべて撤去され,崩壊斜面はブルーシートと土嚢で覆われていた.図5の解析雨量分布図に示すように,2日間の総雨量は150〜160mmと,他の地域と比較して相対的に少ない.斜面がほぼ東向きのために,先に議論した風の効果(アメダス(礼文)では,東北東が卓越)により,多量の降雨が斜面に吹きつけた可能性がある.上述したように,崩壊発生時刻は午後1時過ぎと推定されているが,図10に示す解析雨量データから,降雨の集中時間(6〜10時)から3時間以上経過してから発生している.

図9 船泊村高山地区で発生した崩壊写真
図9.png

図10 船泊村高山地区の降雨状況
図10.png

斜面崩壊の形状と土層構造
 崩壊形状の簡易計測と簡易貫入試験による土層構造調査を実施した.土層構造は,筑波丸東製の簡易貫入試験機(先端コーン径2.5cm,重錐5kg)を用いて計測した.先端コーンが10cm貫入するのに必要な打撃回数をNc値とする.崩壊深2〜3m以下の斜面崩壊では,一般にNc値が5〜10以下の土層が侵食されることが知られている.U層:Nc<5,M層:5≦Nc<10,L層:10≦Nc<30と区分する.簡易測量には,レーザー距離計(LaserAce300, MDL製)を使用した).
 調査結果を図11に示す.崩壊深は約1.8m,崩壊地の斜面勾配は約43°である.すべり面はM層とL層の境界からL層上部の間のNc値が10〜12程度の土層である.土層は礫混じりかつ粘土質であり指で捏ねると少し粘り気があることから,スメクタイトなど何らかの膨潤性粘土鉱物が含まれている可能性がある.

図11 船泊村高山地区の斜面崩壊の形状と土層構造
図11.png

雪崩防止柵
 当崩壊地と周辺の斜面には,図9に示すような雪崩予防柵(格子)が設置されていた.google earthの画像からこの雪崩止め柵は2003年から2012年の間に設置されたと考えられる.この柵は,斜面上部から落下してきた雪崩をくい止めるというよりもむしろ,斜面の積雪を分断してグライドやクリープと呼ばれる積雪の移動を抑えて雪崩を予防するものである.その構造は斜面の上部にアンカー(杭)を打ち,それに固定して斜面下方に伸ばされたワイヤーロープで,地面に法線方向に立てられた吊柵を支えるものである.写真の吊柵はワイヤーロープが切れずに残ったもので,ブルーシートの上にそのまま置かれていたものである.吊柵は単に地面に置いてあるだけなので,斜面自体が崩れる斜面崩壊に対しての抑止効果はほとんどない.アンカー(杭)が崩壊地にあったとしても,杭の長さがすべり面よりも浅かったら,同様に斜面崩壊に対しての抑止効果はない.当現場では,もっぱら雪崩防止が想定されていたものと推定される.工事費用の問題など多くの困難な課題が予想されるが,今後は雪崩とともに斜面崩壊も同時に防ぐような対策技術の開発が望まれる.

2.元地地区小学校跡地の崩壊

斜面崩壊の形状と土層構造
 付近の地質は,新第三系元地層の砂岩,頁岩,凝灰質砂岩(Mo)であるが,この斜面の基盤岩は凝灰岩または凝灰質砂岩である.崩壊地の写真を図12に,崩壊形状の簡易計測と簡易貫入試験による土層構造調査の調査結果を図13にそれぞれ示す.崩壊深は約1.5m,崩壊地の斜面勾配は約33°である.崩壊地内の土層にはU層が存在しておらず,崩壊によって除去されたと考えられる.また,崩壊地脇の140918-2,3のNc=10(M層とL層の境界)の深度は概ねすべり面の位置に一致している(図13横断形図).これらを考慮すると,すべり面はM層中またはM層とL層の境界に形成されたと考えられる.なお,崩壊地内の土層は,崩壊後の緩みによってM層やL層の厚さを増加させた可能性がある.また,船泊村高山地区と同様に,スメクタイトなど何らかの膨潤性粘土鉱物が土層に含まれている可能性がある.

図12 元地地区小学校跡地で発生した崩壊写真
図12.png

図13 崩壊地の平面図・断面図と簡易貫入試験結果
図13.png

図14 桃岩トンネル西側出口上部で発生した崩壊写真
図14.png

図15 元地地区地蔵岩付近で発生した崩壊写真
図15.png
           

2014年8月24日の北海道礼文島における斜面崩壊
URL http://mizu.bosai.go.jp/c/c.cgi?key=2014_rebun