国立研究開発法人防災科学技術研究所 水・土砂防災研究部門
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2014年7月台風8号による南木曽土石流災害

(速報につきデータが修正・更新される場合があります。)

更新履歴


2014年7月24日
初版掲載


本件に関する連絡先


水・土砂防災研究ユニット担当者 若月
アウトリーチグループ担当者 大石・三好(029-863-7784)

はじめに

南木曽町読書地区の梨子沢では,7月9日17時41分に土石流が地区に押し寄せて1名が犠牲となった.
各種報道によると避難勧告が出されたのは被災から約10分後であり,土砂災害警戒情報が出されたのは18時15分であった.
土砂災害の減災に資するために,現地調査を実施して降雨,地質,地形の特徴をまとめた.

現地調査日−2014年7月17日・18日
調査員−若月 強・山田 隆二・酒井 将也

降雨

長野県河川砂防情報ステーションに記載されている南木曽町の雨量計の中で(図1),降水量の多かった蘭と三留野のデータを表1に示す.
両地点では,10分雨量は約20mm,1時間雨量は約70mm,2時間雨量は約100〜120mmを記録しており,3時間以上の雨量はあまり増えていない.すなわち,雨が強くなり始めてわずか2時間程度で土石流が発生した.
なお,同じ花崗岩地域である防府市で2009年7月に発生した土石流災害の事例を表に併記した.10分〜3時間雨量に両地域に大きな違いはないが,防府の6時間雨量は南木曽の約2倍になっており強い雨が約6時間降り続いたことがわかる.
各観測地点における降雨継続時間と平均降雨強度との関係を図2に示す.ここで,降雨継続時間は降雨量が著しく大きい9日18時を基点として遡った時間である.いずれの地点も18時以降の降雨量は極めて少ない.また,「南木曽」の1976年〜2013年のアメダス雨量データから算出した再現期間10年〜1万年の確率雨量強度式(タルボット型)を図2に併記する.この確率雨量強度式から見積もった,各観測地点における継続時間1,2, 3, 6,24時間の最大降雨強度の再現期間を表1に示す.
図2によると,蘭と三留野に比べて他の地点の平均降雨強度はかなり小さく,激しい豪雨は局地的であったことを示している.なお,梨子沢に最も近い「南木曽」の雨量計は17時40分以降は欠測しているため若干値が小さくなっている.また,2時間までの平均降雨強度は最大100年程度の再現期間となることが読み取れるが,それ以降の再現期間は数年程度とかなり短い.


図1 雨量観測点と梨子沢流域
図1.png

表1 蘭観測点と三留野観測点における雨量と再現期間
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図2 各降雨観測地点における雨量強度と確率雨量強度
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岩質と風化土層

土石流が発生した梨子沢付近の地質は,5万分の1地質図「妻籠」によると,南木曽町役場より南西部には苗木・上松花崗岩が分布しており,岩相は粗粒黒雲母花崗岩(Ga1)である(以下,上松花崗岩と呼ぶ,写真1).南木曽町役場より北東部には領家帯の木曽駒花崗岩が分布しており,岩相は中粒斑状角閃石黒雲母花崗岩(Gk)である(以下,木曽駒花崗閃緑岩と呼ぶ,写真2).
梨子沢では,山頂の南木曽岳(1,679m)を含む上流域に苗木・上松花崗岩,中〜下流域に木曽駒花崗閃緑岩がそれぞれ分布している.
南木曽岳周辺の標高1,000m以下の場所しか確認できていないが,木曽駒花崗閃緑岩の地域には厚さ3m以上の原位置風化土層が散見されるのに対して,上松花崗岩の風化土層は概して1m以下である.ただし,標高が高くなり斜面勾配が大きくなるほど風化土層が薄くなる傾向があるため,崩壊が発生した1,000m以上の高標高部の土層構造については詳しく調べる必要がある.
また,右横ずれの活断層である馬籠峠断層が梨子沢を横断しており(文献(1)),基盤岩はかなり破砕されていると思われる.
花崗岩は斜面崩壊や土石流が起きやすい地質であり,最近でも1999年広島豪雨災害や2009年防府豪雨災害などが発生している.

木曽山脈西縁断層帯−地震調査研究推進本部
http://www.jishin.go.jp/main/yosokuchizu/katsudanso/f045_kiso-sanmyaku.htm

写真1 上松花崗岩:(左)河床礫,(右上)鬼マサ,(右下)風化露頭
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写真2 木曽駒花崗閃緑岩:(左)河床礫(黒っぽい岩片(暗色包有岩)を含む),(右上)風化露頭,(右下)原位置風化土層
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地形

梨子沢は,南木曽岳の西側斜面に位置しており,その流域面積は3.32km2, 流域長は3.37km,比高は1234m,起伏比(流域の勾配)は0.366であり,南木曽町の中でも勾配と面積が大きな流域と思われる(図3).被災した住宅地は,梨子沢からの土石流が繰り返すことによる扇状地が木曽川の河岸段丘上に覆い被さった地形上に形成されている.
梨子沢の流域面積と起伏比の値を,同じ花崗岩地域である2009年防府災害における土石流の事例(文献(2))と比較したのが図4である.
この図の右上側ほど流域面積と起伏比が大きくなるため,土石流の危険性は高くなる.梨子沢の値は最も右上側にプロットされており,防府災害において土石流が流下した流域と比べても不安定な流域であることがわかる.

図3 梨子沢の流域形状
図3.png

図4 梨子沢と2009年防府災害の流域形状の比較
図4.png

災害の様子

今回の土石流災害は,山頂付近の上松花崗岩の斜面における崩壊から始まったようである(文献(3),写真3).土石流化した崩土は渓床の堆積物を巻き込んで規模を増大させながら流下したと考えられる.土石流の流路の地質は木曽駒花崗閃緑岩である.
土砂の堆積域である梨子沢と木曽川の合流点(写真4)や梨子沢第二砂防堰堤付近(写真5)では,堆積した礫の9割以上が木曽駒花崗閃緑岩であり,上松花崗岩は1割以下であった.すなわち,源頭部が上松花崗岩で流路が木曽駒花崗閃緑岩ということを反映して,木曽駒花崗閃緑岩の分布域の渓床から多くの土砂が供給されたことが考えられる.
堆積した上松花崗岩の礫に着目すると,南木曽岳付近の上松花崗岩の分岐域ではほぼ全ての場所で粗粒花崗岩の基盤岩や河床礫が存在していたのに対して,梨子沢から流出した岩石は粗粒花崗岩と細粒花崗岩がおおよそ半分ずつであった.この細粒花崗岩は,上松花崗岩岩体の中で初期に冷却された部分であり,他の岩体(ここでは木曽駒花崗閃緑岩)との接続部付近に分布している可能性がある.山頂付近の崩壊場所の花崗岩が粗粒か細粒かは未確認であるので今後確認する必要がある.
土石流の砂礫は堰堤(2.5万分の1地形図では大梨子沢では4基,小梨子沢では1基が確認できる)にある程度捕獲されたが,一部が住宅地など生活の場である扇状地に押し寄せることで災害となった(写真5,6).被災した家屋は河川(梨子沢)の屈曲部の攻撃斜面側にあり,流路を曲がりきれなかった巨礫など砂礫が溢れだした.氾濫した砂礫は犠牲者が発生した家屋から扇状に下方に広がった(写真7).
また南木曽岳では,梨子沢がある西側斜面だけでなく反対側の東側斜面でも崩壊が発生した(写真8).


写真3 梨子沢の末端(木曽川の合流点)から梨子沢流域を見る
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写真4 梨子沢との合流点の木曽川の河床
  梨子沢から流出した砂礫が堆積している
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写真5 梨子沢第二砂防堰堤とその下流
  堰堤には多数の巨礫がせき止められている
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写真6 写真3より上流側の様子
  赤矢印の高さ(約3m)まで泥水が到達.奥に梨子沢第二砂防堰堤が見える
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写真7 犠牲者が出た家屋より下流側における砂礫の堆積の様子
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写真8 南木曽岳東〜南東側斜面の様子(梨子沢は南木曽岳の西側斜面)
  多数の崩壊跡地や露岩が見えるが,地元の方によるといくつかの崩壊地は今回新たに形成されたようである
写真6.png


過去の土石流災害

南木曽で発生した最近の主な土石流災害は以下のようにまとめられる.(文献(4)〜(7)を基に作成)
この地域では数年から数十年おきに災害が発生していることがわかる.
なお,防府では約100年以上の周期性が報告されており,南木曽よりも土石流の頻度は小さい.

○1904年(明治37年)7月 (死者39人,流失家屋78戸)
○1953年(昭和28年)7月20日 (死者3人,流失家屋8戸など)
○1961年(昭和36年)6月24〜29日 集中豪雨 (死者1名,全壊1戸,半壊1戸)
○1965年(昭和40年)7月1日 集中豪雨(家屋流失8戸,全壊9戸,半壊5戸)
大沢田川などで土石流が発生
○1966年(昭和41年)6月24日 南木曽災害 (重軽傷者10人,家屋全壊・流失38戸,半壊111戸)
三留野で連続雨量170mm.南木曽町役場付近の木曽川沿い左右岸に分布する9つの渓流(神戸沢など)で土石流が発生
○1969年(昭和44年)8月4日〜5日 台風7号(家屋全壊8戸,半壊1戸)
三留野で連続雨量138mm
○1975年(昭和50年)7月7日 集中豪雨
妻籠,三留野などで土石流が発生

さいごに

以下は,データが足りないため仮説に過ぎないが,南木曽の花崗岩斜面は防府に比べて急勾配な斜面が多いため,土層が薄くて風化(粘土化)も不十分であると考えられる.そのためすべり面までの降雨の浸透が速くてかつ土層の水分貯留量が少くなり,今回のようなわずか2時間の豪雨で斜面が不安定になった可能性がある.断層活動により基盤岩が脆弱化されることで,粘土分を欠くマサの生成(土層生成)が速められた可能性もある.渓床も当然急勾配であるため土砂が動きやすかったと考えられる.土石流の頻度からみても,急勾配流域では土砂移動が活発といえるが,このような場所では活発な侵食により土層は薄くなるため,マサ化が一層促進され,益々崩壊や土石流が発生しやすくなると考えられる.

文献

(1)地震調査研究推進本部(2004)木曽山脈西縁断層帯の長期評価について
(2)若月強・石澤岳昂(2009)花崗岩山地における土石流発生流域の地形的特徴:2009年7月防府市・山口市豪雨災害の事例,地形,31,423-436.
(3)産総研地質調査総合センター(2014)平成26年7月9日に長野県南木曽町で発生した土石流の発生地に関する地質情報(第2報).https://www.gsj.jp/hazards/landslide/140709nagiso2.html
(4)大原正則・今井一之・有澤俊治・中矢弘明・緒續英章・池田一平・木村哲也(2012)「昭和7年四ツ目災害」「昭和41年南木曽災害」における防災対応の実態と課題.第61回 平成24年度砂防学会研究発表会概要集,Pa-66.
(5)宮澤清治(2004)防災歳時記(37)-悲しめる乙女の像-,消防科学と情報,2004年夏号.
http://www.bousaihaku.com/cgi-bin/hp/index2.cgi?ac1=B431&ac2=&ac3=3364&Page=hpd2_view
(6)国土交通省中部地方整備局多治見砂防国道事務所ホームページ 
http://www.cbr.mlit.go.jp/tajimi/sabo/tankentai/kisogawa/saigai.html
(7)国土交通省中部地方整備局多治見砂防国道事務所(2012)木曽川水系直轄砂防事業説明資料 
http://www.cbr.mlit.go.jp/kikaku/jigyou/data/pdf/h2403_shiryou13.pdf

2014年7月台風8号による南木曽土石流災害
https://mizu.bosai.go.jp/key/2014Nagiso